HOME > 利用案内 > 施設紹介 > ステンドグラス

ステンドグラス

「光の壁画」の生命感

2階ホール右側ステンドグラス
「躍動」大伴二三弥作

大伴二三弥の「躍動」によせて 小川 正隆

『炎芸術』第4巻第9号(1985.9)より転載

日本ではまだ数すくないステンド・グラス作家のひとり、大伴二三弥が、千葉県市川市国府台にある千葉商科大学の、新設の図書館ファサードに「躍動」と題した大作をこのほど完成したと言う。

同じ市川に住む私は、二十年来の知人であるこの大伴さんのステンド・グラスを見のがすわけにはゆかない。十月中旬、キャンパスを訪れた。

大伴さんと知り合いになったころ、彼は画家の福沢一郎の原画をもとに、そのステンド・グラス化に懸命になっていた、と記憶する。奔放自由なダイナミックな福沢作品を、色ガラスの断片の組み合わせで表現するのは容易な業ではないことは当然だが、大伴さんはそれを誠実に再現すると同時に、絵画には求めることのできない、光線による明暗、あるいは輝きと変化をここに付加して、ステンド・グラスの魅力を生み出すことに成功した。言ってみれば、大伴さんはすぐれたステンド・グラスの技術者だった。

私はその後、大伴さん自身のステンド・グラス作品の個展を、これまでに再三、拝見してきた。そこでは、勿論、大伴さんが原画からすべて自分の手で仕上げた仕事が中心となっていたが、最初のころは、やはり福沢さんの原画を使ったステンド・グラスの大作が出品されていて、それが私にはもっとも強い印象を与えてくれた。だから、やはり大伴さんは「技術者」であって、「作家」ではない、という気がしたものだ。

一方、大伴さんはそうした個展で、ステンド・グラスの技術を駆使した電気スタンドやインテリアの装飾品を発表していた。愛すべき作品も少なくなかったので、彼をステンド・グラスの「工芸家」と呼ぶべきか...などと考えもした。

しかし、意欲的な大伴さんは、そうした枠に閉じこもることには我慢できなかったであろう。自分自身のステンド・グラスの大作に正面から取り組む研究を続けると同時に、実際、これまでにもそうした大作を作り上げてきた。

たとえば、富山県の新湊市(ここは大伴さんの故郷だが)に完成した文化センターに、ステンド・グラスによる大きな天井画を制作した。これも私は拝見しているが、装飾的な愉しさはともかくとして、表現が平板で、深みに欠けているように私には思われた。つまり、ここでも、装飾工芸としてのステンド・グラスだった。

しかし、今回の「躍動」は、こうしたものとは、ちがっていた。若者たちが集まり、努力する場所としての図書館にふさわしく、大伴さんは「宇宙空間におどる象徴的な”かたち”の誕生」を発想の原点にしたというが、とにかく(昼間拝見したので)、室内からこのステンド・グラスを眺めると、縦三メートル、横八メートルの大画面に、形と色、光と影が力動的に入りまじり、まさに「躍動」そのものだった。しかも、ここには、透明なアンティーク・ガラスもかなりの割合で採り入れられ、不透明、あるいは半透明のガラスの断片と交錯しながら、外界の風景をも揺らめくように織りこんで、不思議な魅力を生み出している。つまり、これは単なる「装飾工芸」ではなく、完全に光の「壁画」としての生命観にあふれていた。

黒によるペインティングの焼付けも、流動感と迫力を高めているが、同時に、このステンド・グラスの成功は、建築設計のプロセスのなかで綿密に検討され、人工の天窓、照明の配慮などが、その過程で設計変更されている。(一、二の欠点がないわけではないが)大筋において建築と一体化していることが、好ましい結果をもたらしたと言えよう。

夜---室内の照明によって、屋外から見る閃めきはまた別の風情があるに違いない。その光景をも別の機会に是非鑑賞したいと思っている。(MASATAKA OGAWA 美術評論家)

PAGE TOP